コントユニット青点滅の日誌

青点滅の主催、ワカバヤシが書くブログです

発表の場に活力を見出していたらダメかもしれない

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新型コロナで青点滅は無活動状態です。沖縄のファームから水草を取り寄せて、ボトルアクアリウムを始めました。最高に癒されます。

 

さて。

 

コントユニット青点滅が単独公演を中止したのが2020年3月。それ以降、長野市芸術館で『公演』が行われているのだろうか?と調べたところ、ピアノコンサート的なものがチラホラ。演劇では子ども劇場なる公演が一般公開せずに開催している模様。

 

世間で報じられているとおり、5月以降、緊急事態宣言こそ出ておりませんし、GO TOキャンペーンこそ続いていますが、未だウイズコロナ時代の集客型エンタメは苦しい状態が続いています。…いや、苦しい状態というより、打開策が見出せてないというのが正しいでしょうか。

 

既に名のある人たち(ファンのいる人たち)はオンラインに切り替えて、有料のWeb配信で収益化しているような気がしますが、うちのような少しずつ頑張って文化を作っていこうとしている市民劇団はそうもいきません。芸能人のYouTube参入が激化している昨今、わざわざネット動画で、無名の市民劇団のコントを観てもらうことが恐ろしくハードルの高いことだと感じている次第です。

 

劇場で演劇を観せることには、コンテンツ自体に価値を感じてもらうことはもちろんのこと。『地元の劇場に足を運ぶ楽しみ』、『劇場で生まれるコミュニケーション』、『知人友人が舞台に立ってる姿を楽しんでもらう』など、小さな些細なことも価値として楽しんでもらおうと思って活動しておりました。

 

新型コロナ蔓延の時代になっても、市民劇団の存在意義はあると思うけど、『市民劇団の公演』に存在意義ってあるんだろうか?と悩んでしまいます。お金を払って、人が長時間密集した劇場という場所に出向くことに、大きな『リスク』が生じてしまうわけで、そこまでして観たい!と思えるものなのかどうか? いやー、なかなか高いハードルですね。

 

しょうがない。と言えばそう。

 

4月くらいにはまだ気力があってコントを考えたりしていたのですが。今はもう脚本を書こうという気持ちを失ってしまったように思います。発表の場がないのに、創作しても〝しょうがない〟って。

 

そう考えると、『発表の場』ってすごく大事なんですよ。発表の場が失われると、心が折れてしまう人がたくさんいるんです。たかだか市民演劇のくせに偉そうに『発表の場』なんて言葉を使うなと言われそうですが、世の中には『発表の場』に活力を見出したり、人とコミュニケーションをはかる機会をもらったり、生きる支えになっている人もたくさんいます。

 

ただ、相手はウイルスです。そうそう簡単には解決しません。新型コロナの次のウイルスだって絶対に来ます。

 

『発表の場』に支えてもらう生き方は、なるべく早く脱却しないといけないのかもしれません。